箱女の日常

マイノリティーな日々を綴ります

10年戦争の結末 3

 

昨日の記事で

『あの事件』と書きましたが

『事変』と言った方が適切かも

しれません。

あれを切っ掛けに

姑と夫の親子関係

嫁姑関係

が激変しましたから。

 

何があったかというと・・・

夫が実家で大爆発(大ヒステリー)を

起こしたのです。

 

夫はやっぱり、

実母がカミングアウトの件を

嫌がっていることがショック

だったようです。

30年以上も、

自分の悩みや異変に

気付いて貰えなかったことや。

医者の診断が下ったあとも、

発達障害のことについて

何も言ってこない

興味を持とうともしない(勉強しない)

実母の態度に、複雑な感情を

抱いていたようです。

そういった複雑な感情や不満を、

夫は姑に大泣きしながら

大放出しました。

 

夫は大学生の頃に、

自宅の屋上から飛び降りようと

たことがあるそうです。

当時は今ほど発達障害について

取り上げられていなかったので、

夫は誰に相談したらいいかも

自分が抱える生き辛さが何なのかも

分からないまま

日々悶々としていたそうです。

 

「それくらい悩んでいたし、

辛かったんだ」

と、夫は姑に言いいました。

 

あと

「好きで、発達障害者に

なったんじゃない」

と、姑を責めたそうです。

 

姑は肩を震わせて泣いていたそうです。

仲裁に入った舅も泣いていたそうです。

 

あの事変を皮切りに

姑は私達に干渉しなくなりました。

孫の世話で忙しいのもあるでしょうが。

息子の障害と向き合うのが辛いの

だと思います。

 

私が23歳のとき

姑は私をカフェに呼び出し

妻とは嫁とは母とは、と説教を

垂れていましたが。

そのとき、こうも言っていました。

 

「私達ほど完璧な親はいない」

 

菓子折りを持って、私のところへ

謝罪に来た、あの日。

私はもう一度、発達障害について

説明しました。

精神科医から言われた

良いことも悪いことも全部

話しました。

姑は、こう言いました。

 

「私は高望みせず、子供の健康だけを

祈って、毎日、子供のために頑張って

生きてきた。その仕打ちがこれ?

私が何をしたって言うの?」

 

姑は親として絶対的な自信を

持っていました。

私達夫婦に干渉し、

母親であることに執着していました。

 

でも、息子に

「なんでもっと早くに発達障害

あるって気付いてくれなかったんだ」

と責められ、初めて親としての

自信を失い。

息子本人から

障害を持って生まれてきたことを

責められ。

姑のアイデンティティーは崩壊した

のだと思います。

息子の障害を受け入れられない

だけじゃなく。

自分の本当の姿(身の丈の自分)も

受け入れられないのだと思います。

 

姑は今、孫の世話に夢中ですが

その孫も発達障害らしいので。

遺伝だったという事実に

姑は、どう向き合うのか・・・

 

まぁ、考えただけで

恐ろしいです。

 

 


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