箱女の日常

マイノリティーな日々を綴ります

10年戦争の結末 1

姑と最初に会ったのは

私が23歳のときでした。

結婚するなんて、

全く言っていないのに。

姑は私をカフェに呼び出して、

嫁・妻・母が、どうあるべきか

延々と、私に説きました。

 

それ以降

姑との(冷戦を含めた)10年戦争が

始まったのですが。

結末としては、姑の自滅でした。

 

以前にも書きましたけど。

まぁ、滅茶苦茶なことを言う人で。

私は一度、電話で

「もう離婚します」と宣言したことが

あります。

 

なんで、そうなったかと言うと。

ざっくり説明すると。

舅の親戚の手前。

私達夫婦が子供を諦めた理由を

嫁の私が「不妊症だったから」

ということにしといて欲しいと

御願いされたのです。

私が断ると、姑は私に対して

「心が狭い」

「もっと寛容になりなさい」

と言い放ちました。

 

その当時は。私と祖父の間で

養子縁組や、祖父母を看取る

という話は、まだ決まって

いませんでした。

決まっていたら。縁組と介護を理由

にしても、全然良かったんですけど。

(事実だし)

 

 

私は姑に言いました。

「お母さんが発達障害の件を

人に話したくないのは理解できます。

だったらせめて、息子が子供を

作りにくい体質だった。嫁に

不妊治療をさせたくない。

嫁もそれを望んでいない。

そう説明すれば、丸く収まりませんか?」

 

そしたら姑は

「母としての私のプライドを傷つけた」

といってヒステリーをおこして

泣き出したのです。

 

私はそこで、離婚を宣言しました。

「お母さんの言うような、

そんな都合の良い嫁は存在しないと

思います。いると思うなら

御自分で探して結婚させたら

どうですか?」

 

私は、それだけ言って電話を切りました。

後日、姑の親戚から聞かされたのですが。

姑は自分の親戚に

嫁に暴言を吐かれたショックで

眠剤と安定剤を飲んだ」と言いふらして

いたようです。

 

幸か不幸か。

姑の愚痴を聞かされた親戚が

「本当に、お嫁さんだけが悪いの?」

「あの子の実家は経済力がある

ようだから、離婚は難しくないよ。

子供もいないんだし。本当に

するかもよ?」

 

と助言したもんで。

姑は私のところに謝罪に来ました。

 

 

つづく

 

 

 


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